トランプ関税の衝撃

4月に入って世界はトランプ関税に振り回されている。この話はトランプ就任直後からかなりの確率で導入されると読まれており、とっくに織り込んでいると思っていた私としてはマーケットがここまで振り回されたのは予想外である。

私は従前から、2期目のトランプはバイデンの積極財政をやめ、財政再建に走ると予想していた。ウォール街のご機嫌取りもしないだろうと思っていたが、まさかそれが的中してしまうとはにわかには信じがたい。

トランプ関税により、輸出企業の担当者は悪夢を見ているだろう。体力のある自動車会社は既存のアメリカ拠点に対する投資を拡大することが出来るし、韓国や中国、ヨーロッパの自動車は日本以上にダメージを受けると思われており、ここを乗り切れば日本の自動車会社はアメリカでのシェアを今以上に伸ばせるかもしれないので長期的に見ればそこまで悪い話ではないかもしれない。対して半導体や電子部品の企業は、トランプ関税が導入されてしまったら壊滅的なダメージを受けるかもしれない。特にこの分野は中小企業が多く、一部の大手を除いて自動車会社のような体力はない。そもそも、求められる技術力が高すぎてアメリカにすることが出来ないものも多い。そうなればヨーロッパや中国など別の輸出先に切り替えていくしかないが、それが出来るまで時間が掛かるだろう。一方、輸入企業や内需産業は円高傾向も相まってそれほどダメージを受けないかもしれない。

マーケットのテクニカル的には、日経平均は昨年8月の令和のブラックマンデーでつけた安値(31000円前半)を今回は明確に割り込んだので、一時的な戻りはあったとしても長期的な下げトレンドに突入したと見るのが適切かもしれない。目下、注目されるのはこれから控える1Qのガイダンスだろう。関税交渉の結果が見えない状態だと、企業側はかなり保守的なものを出さざるを得ないだろう。私の考えでは、このリスクをマーケットはまだ織り込むことが出来てない。だから直近の日経平均の安値である30500円を数カ月スパンでは割り込んでしまう可能性はあると思う。もちろん、短期的な動きは全く分からないのだが。

一方で、アップサイドの可能性はないかといえばそんなことはなく、トランプが関税を一切取りやめるとなるとマーケットはかなりポジティブで再び4万円を目指すこともあると思う。しかしやはりそんな可能性は低く、こちらも可能性は低いのだが日本が優遇されたとしても、中国やその他の国に対する関税を全て取りやめる可能性はほぼゼロだろう。そうなると、世界経済が受けるダメージは深刻だ。

数カ月前、私は英語圏の友人から「トランプが国内の所得税をやめて関税や外国への課税で賄おうとしているという話があるが本当か?」というメッセージを受け取った。その時、私は「そんなことはないだろう」と思ったのだが、今回の騒動で実際にそう考えている可能性があるなと思った。こういったバカげた考えに囚われてしまった権力者はなかなか自分の考えを変えない傾向がある。

トランプは恐らく貿易を否定して「自給自足できる経済」を目指していると思う。歴史を見て、この考えに囚われた権力者は非常に多い。中世の中国がそうであったように、アメリカは国土が広く、国外から何かを買う必要はない体制を作れるはずだ、と本気で思いこんでいる節があるのではないか。こんなことを肯定する経済学者は一人もいないだろうが、選挙で選ばれた国のトップの考えを変えることはほとんど不可能だろう。

そうであれば、これから貿易を否定しマーケットを破壊する政策をとる可能性は非常に高く、マーケットはこれらも不透明さに振り回されるだろう。これは中間選挙が行われる2年後まで続く可能性が高い。中間選挙では共和党は歴史的な大惨敗をして議会は大統領の権力を徹底的に封じてトランプが無力化する可能性が高い。ここまでくると不透明さはなくなり、関心は民主党の次期大統領候補選びに移っていくだろう。

日本の政局はどうだろうか。7月末の参議院選挙まで衆議院の解散はなく、衆参ダブル選挙もないだろう。現政権の続投も、参議院選挙の結果を見てから、という考えが支配的になるだろう。しかし、結果はもう見えており、自民党は惨敗する。2019年の貯金があるにしても自公で20議席以上失うことは確実で過半数は割れるだろう。

しかしそれでも政権交代が起こるかは分からないが、流石に石破政権が持たないのは明白ではある。ただ、次の総理が自民党から出るか、野党からでるかも割らない(可能性は高くはないと思うが・・・)。

こういった不透明さをもっているから、選挙に向けたマーケットの盛り上がりも限定的になるかもしれない。少なくとも選挙後は自民党惨敗を受けてかなり下がるのではないだろうか。

話がそれてしまったが、私がいいたのはトランプ関税に続く先行きの不透明さは長期化するということです。どうなるかは分かりませんが、そう考えて慎重に動いていきたいと思います。

FP&Aとは?

今年に入って、2つほど固定的な仕事が増えました。そのうちの一つに、事業会社のFP&A(Financial plannning and analysis)というポジションがあります。

クライアントサービスの経験が長かったこともあり、バックオフィスのポジションは久しぶりなのですが、決まった経緯として経営者である友人から「主に財務(資金)面で分析とプランニングをしてくれる人を探している」と相談を受け、「それはFP&Aでは?FP&Aっていうのは・・・」と話したところ、「まさにその通りだ!やってくれないか?」とお話を受けて受けることになりました。

FP&Aの仕事を私なりに大雑把にいうと「お金が残るようにすること」「残ったお金を有効活用すること」です。

私が最初に着手したことは、「銀行口座を集約すること」と「(仕入れに使っている)クレジットカードを目的別に分散すること」でした。水をためるツボは少なく、水を流す水路は複数、という形でお金がどうたまって、お金がどう使われているかの可視化をしやすくしました。

次に着手したのは「日繰りの資金繰り表を作ること」でした。ひとまずは売り上げの感応度分析ができる3か月分の日繰り表を作り、どれだけ正確に読めるかを確認しました。

やってみると予算管理だけでなく、ビジネスサイドの課題も見えてきて、経営陣との距離の近さもあり、それに関するイニシアチブも持てることが面白さでもあります。

例えば、「振り込みに使っている口座の資金が出ていくばかりで困っている」という相談を担当者から受けたら、「単純に資金を移動するのも良いが、振り込みに使っている口座に紐づく決済手段を追加導入してみらどうだろうか?当社は同業他社と比べて決済手段がまだ限られているので」という提言もできるわけです。

在庫管理にしても、「在庫を予算化します。前月の売り上げに想定原価率+2%までに抑えてください」といったところで、事業サイドは「ちょっとまってどうやってするの?そんなこと言われても困る」となります。そうではなく、「在庫を予算化するということは、SKUを絞っていくこと。」という大きな経営方針にコンセンサスを得たうえで、「売り上げが少なかったり、顧客満足度が低い製品からどんどん取り扱いを停止していってください。そのKPIが当月の仕入高/前月の売上高です。」という形をとっていきます。そうすれば事業サイドは「顧客満足度(CS)をなるべく下げずに品揃えを絞っていけばいいのだな」と試行錯誤しながらこちらの要望に応えてくれるようになります。

まだ初めて私も間もないのですが恐らくFP&Aという仕事は、ビジネスサイドについても興味をもって積極的に提言できる人が向いているのだろうなと思います。会計士としての原理原則や秩序だって仕事をしたい人は経理や税務の方が向いている気がします。

ビジネスの売り時

M&Aアドバイザーとして、「会社を売った方がいいですか?」と相談されることは少ない。きっとそんなこと、散髪屋に行って「髪を切った方がいいですか?」と相談するようなものだからだろう。しかし、この質問こそ本来はしてほしい質問であったりもする。

私が考える売り時は、以下の3つだ。これらはもちろん、ミックスな要素であり、1つだけ当てはまる場合でも売り時ではあるが、全てに該当するときは完全な売り時で細かいことを気にせず売り切った方がいい。

  • ①そのビジネスに対する情熱がなくなったとき
  • ②そのビジネスが次のステージに向かうとき
  • ③後継者がいないとき

①そのビジネスに対する情熱がなくなったとき

金銭的な動機であれ、社会的な動機であれ、ビジネスを創業したり、引き継いだりする時には強い情熱が必要だ。情熱がなければどんな優れたビジネスモデルも、どんな優れた能力を持った経営者でも、ビジネスをスケールさせることはできない。

しかし、その情熱は永遠のものではない。情熱がなくなる要因は、体力や気力の衰えかもしれないし、別のビジネスへの関心のシフトかもしれない。いずれにしても、食うに困ることはないからとダラダラと続けてもいいことはない。現状維持すら難しくなり、最終的には廃業に追い込まれるリスクもある。

感情論ではあるが、ビジネスに対する情熱がなくなった場合は、売却を考えた方がいい。

②そのビジネスが次のステージに向かうとき

ビジネスのステージが変わるときも、売り時の一つだ。なぜなら経営者に求められる能力が変わってくるからだ。例えば、従業員5人の会社に求められる能力と10人の会社に求められる能力はさして変わらないが、10人と100人では大きく違ってくる。従業員数を売り上げに置き換えても同じことが言える。

会社を売るなら大きくしてから売りたいのが人の情であるし、経営者本人が自分の能力を適切に把握できているのも稀だ。本当に売り時なのか、自分が次のステージも経営すべきか迷う経営者も多いだろう。

私が思うに、大規模な企業経営に求められる経営者の資質とは大きな投資・赤字に耐えられる個人資産・資本と部下を信頼し、丸ごと任せ、十分に報いる度量だ。要するにケチケチしている人は大きい企業の経営に向かない。

しかしこれは後天的に獲得できる資質であるとも考えられる。よくあるパターンとしては1つ目のビジネスを数億円で小さく売って、その資金や経験を元手に大きなビジネスを作る人も多い。

これもまたよくあるパターンなのだが、ビジネスを急拡大させると人を増やさなければならない。人を増やすと固定費が爆発的に増える。これが人件費の先行投資であるが、この結果、どんだけ高利益率のビジネスであってもキャッシュが追い付かなかったり、赤字かトントンくらいの利益になることがある。売り上げも従業員も爆発的に増えていて、傍目には急成長企業に写っているのに、経営者としては利益もキャッシュも追いつかず不安だけが残る、この状態で一番怖いのは従業員の大量離反だ。なぜなら、急成長している企業は大量採用をしており、従業員のロイヤリティが薄く人材基盤が脆い。

大量の人材を統率するカリスマ性や、適切な成長速度を見極められる計画性がなければ、ここで組織を崩壊させてしまい厳しくなる。売り上げが落ちると評判が落ちる。在庫なら最悪二束三文で売りさばけばよいが人が離反すると悪評がたち採用が出来なくなる。だからこうなる前に、さくっと上場したがるのだ。

ただ、さくっと上場できない場合、最終的にモノをいうのは創業オーナーの資力だ。オーナーの個人資産は成長投資のための資力というより、危機を乗り切るための防衛のためにあると思った方がいい。なぜなら、こういった急成長から来る歪みは時間がたてば沈静化するのだが、その「時間」を稼ぐには個人資産が必要だからだ。ファイナンスで乗り切れる場合もあるが、スタートアップに何億円も無担保で貸してくれる銀行はないし、経営危機が来て売り上げが下がった場合、普通のVCは投資を控える場合が多い。

③後継者がいないとき

これは言わずもだなだが、後継者がいない場合は売り時である。よくあるのが、後継者と思っていた人物が退職してしまったり、亡くなってしまう場合である。これについては本当にどうしようもないが、廃業するか、売却するかのどちらかしか選択肢は残されていない。

これについては、意外なことに引退するギリギリまで気が付かないというケースが多い。厳密にいえば、「どうにかなる」と思ったまま時が過ぎていくのだ。後継者指名はしていないが、「なんとなくやってくれそう」な人にいざ打診してみたら、当の本人は全くそんなつもりはなかったり、成長を期待していた人がいつまでも変わらず「これじゃだめだ」とあきらめるパターンなどである。

特にビジネスが上手くいっていて、それなりの役員報酬が出せるくらいの利益があると「とりあえずは大丈夫じゃないか」と思うようだ。しかし、ビジネスというものは財閥のような大企業や法で守られた独占企業でもない限り、常に新しい顧客や人材を獲得しなければ刻一刻と劣化してしまうものだ。この劣化は、往々にして、段階的なものではなく急に来て一気に廃業に追い込まれてしまう。そうなる前に、後継者がいないと判断した場合は売却を検討すべきだろう。

逆に売り時でないタイミングは?

以上が私が考える「売り時」だが、逆に売り時でないタイミングもあると思う。これは枚挙に暇がないのだが、私が特に思うのは「個人的にお金が必要なとき」と「外部環境(市況・景気)が悪いとき」である。

前者に関しては、個人的にお金が必要なタイミングとそのビジネスの動向は関係ないので、売り時ではない可能性が高い。借り入れや私財を整理するなどして工面すべきことであり、ビジネスはビジネスとして淡々と経営すべきである。

後者に関しては、外部環境の悪化により業界そのものが消滅するような構造的な変化を除けば好転を待つべきであり、むしろ時間をかけてビジネスを磨くべき時だと考える。もっと言えば、撤退する同業者を買っていくべきような時期ではないだろうか。もちろん、それにより心が折れて情熱がなくなってしまった場合は、それはそれで売り時なのだけれども。

リーマンショックを引き起こした二つのグル信仰

リーマンショックから16年がたった。多くの人があの夏を忘れることはないだろう、私も一生忘れることはないと思う。リーマンが破綻した直接的な引き金は、アメリカ政府が公的資金を使って救済をしなかったことであることは間違いない。金融機関の救済が当たり前になった今では考えられないが、当時のアメリカの政策決定の最高責任者たちは「税金で民間企業であるリーマンブラザーズを救済することは納税者が許さない」という意見で一致したのだ。

この決定をしたのは、ノーベル賞を受賞したバーナンキFRB議長、ゴールドマン・サックスを世界一の投資銀行に押し上げた最大の功労者ポールソン財務長官、そして合衆国憲法が定める最後任期があと数か月で終わりもう有権者のご機嫌取りをする必要がないブッシュ大統領だ。彼らの決定は当時としては当たり前だったのだろう。今でも彼らの決定を責める声はそこまで多くないように思えるが、リーマンの地獄を経験したアメリカ人の変わった。その結果がコロナ後のインフレで破綻したシリコンバレー銀行等の迅速な救済だ。「リーマンを繰り返すな」という大声はゴリ押しに近いように感じられたが、結果としてリーマンは繰り返されていない。

さて、リーマンショックの遠因となった斎藤栄功(懲役15年)という人間が日本で引き起こした371億円の詐欺事件をご存じだろうか?この現象には投資の世界での二つのビッグネームが登場する。ゴールドマン・サックスとウォーレン・バフェットだ。この二つの名前が独り歩きし、巨額詐欺事件が起こり、巨大投資銀行が破綻した。

斎藤が起こした詐欺事件は単純なもので、丸紅の一社員の山中譲(懲役14年)と結託しその権限がないにもかかわらず、丸紅が債務保証する旨の偽造された書類を差し入れて外資系金融機関から1000億円とも1500億円ともいわれる大変な金額の金をだまし取ったのだ。

斎藤は本物の元大手外資系証券会社の社員であり、山中も本物の丸紅の現役の社員だった。そんな経歴の人間が書類を偽造するわけがないという先入観からか、彼らのスキームがあまりに巧妙だったのか、最初に出資に応じたのはゴールドマン・サックスだった。ゴールドマン・サックスは「最初に」100億円を出資した。

この瞬間から、丸紅の偽造された書類より遥かに強力な詐欺の道具が誕生した。「あのゴールドマンが100億円を出した」という事実である。その厳然たる事実の前では、丸紅の書類が偽造か真正かなどどうでも良いに等しい。この瞬間に他の金融機関はほとんど出資に応じる義務を負ったようなものだった。「ゴールドマンが出したのだから間違いない」、「ゴールドマンに独り占めされる」、「ゴールドマンに後れを取るな」というグル信仰を根拠に多数の一流金融機関が詐欺師に金を出し続けたのだ。

正解がない投資の世界では、「勝っている人のマネ」を必勝法だと信じる人がいる。それをグル信仰と呼ぶ。しかし、これをしたところで「お金」という魔力を目の前にしたとき、人は本能に従って行動するためマネをしているようで全くマネなど出来ないのだ。さらに言えば、本当に勝っている投資家はごく僅かで彼らが手口をやすやすとすべての手口を明かすわけがない。実際、騙されているだけのゴールドマンの行動をマネしたリーマンはババを掴まされ、371億円の焦げ付きを出すことになる。

もちろん、十兆円単位のバランスシートを持つリーマンにとって日本での数百億など大した問題ではなかった。しかし、信用不振に陥ったリーマンにとって思わぬ打撃となることになる。それはこの詐欺事件が明るみになったタイミングがちょうど、ウォーレン・バフェットとの救済交渉と重なったのだ。

リーマンのファルドCEOとバフェットが面談したとき、ファルドは絶対に知っているはずのこのタイムリーな詐欺事件について一切言及しなかった。ファルドからすれば聞かれていないことには答えようがないと思ったのか分からないが、事前にこの詐欺事件を知っていたバフェットはファルドを不誠実な人物とみなしたと同時に重要な投資アイデアを得ることになる。「こんな情報開示すら出来ないリーマンは、自分以外にもう頼れる者がいないのではないか?ともすればリーマンの状況は想像以上に深刻である」というアイデアだ。

この出来事が決定打になったか分からないが、バフェットはリーマンの救済を拒否し、リーマンは破綻した。奇しくもバフェットはリーマンを救済しない代わりにゴールドマンから50億ドルの優先株を引き受けた。リーマン破綻からわずか1か月後のことである。

結果だけ見れば負債総額6,000億ドルのリーマンが50億ドルの資本注入でどうにかなる話ではなかった。それ以上に重要なのは、「伝説の投資家のウォーレン・バフェットが検討の結果、救済しなかった」という事実に対するグル信仰だ。まだ助かるか分からないリーマンにとってこの事実は、「バフェットが見捨てたということは誰も救済できない」「バフェットの投資判断に逆らえる自信がない」「リーマンは終わりだ」という金融業界のコンセンサス形成し、全ての救済者が手を引かせるのには十分な材料だった。

得られる教訓としては、「多くの投資家、いや人間はビッグネームに弱くグル信仰に陥りやすい」ということと「グルの行動は必ずしも正しいとは限らない」ということだろうか。ビジネスに際しては、最も名のあるところと組むのが一番良い。これを利用しない手はない。また、「あの人が良いというから買う」「あの人がダメというからやめておく」という他人の意見が唯一の判断材料である場合、冷静な判断ができていない場合が多い。人の意見の中で重要なのは誰が言っている、ではなく、なぜそう言っているか、だろう。

DCFはWACCを弄るだけ?

FAにとっては最もポピュラーなDCF法だが、MA仲介ではほとんど使われることはない。何十件とある仲介案件の成約実績のうち、買い手から積極的にDCF法を使ったバリュエーションを求められたのはたったの1件だ。

ところで、MA仲介マンに昔言われたのだが「DCFはWACC弄るだけだからアテにならない」ということ。おっと、それは違うのではないか。

WACCの前にDCF法による企業価値の公式を示しておく。

PV=FCF1/(1+R)+FCF2/(1+R)2+FCF3/(1+R)3+・・・+FCFn/(1+R)n

ざっくりいうと、蓋然性のある事業計画で示されたFCF(フリーキャッシュフロー)を所与された割引率で割っていき、それを無限に加算していく。事業計画は無限に示すことができないため、事業計画の最終年度のFCFが永久に続くことを仮定して割り引く。これをターミナルバリュー(TV)という。TVは無限級数の和により、下記の式で求められる。

TV=FCFn/R

TVと最終年度までのPVの和がDCF法によるバリュエーションと定義される。

DCF法による割引率(R)がWACCとなる。

WACCとは、Weighted Average Cost of Capitalのことで加重平均資本コストと日本語では訳される。

WACC=D/(D+E)×rD×(1-T)+E/(D+E)× rE

ざっくりいうと、有利子負債の調達コストと普通株の調達コストを対象会社のバランスシートの構成に応じて加重平均したものである。

負債の調達コストは長期債の利回りや金融機関のプライムレート等により簡単に求められるが、普通株の調達コストは企業によって大きく異なるため、個別に算出しなければならない。CAPMというモデルを使って求める。

CAMPの公式まで言及すると果てしないため省略するが、上場している同業他社の株式に対する期待リターンがそれにあたる。

ここまで長々とDCF法の使い方について解説したのだが、何が言いたいかというとWACCの算定は様々な客観的要素により構成されているため、簡単に弄れるものではない。算定者によってそう大きくぶれるものでもない。

恣意的にWACCを操作したとする。クライアントが内部の会計士やDDファームから受け取ったWACCとの大きな乖離に気が付き、その根拠について説明を求められた場合、FAは窮地に陥ってしまうのだ。一度出したWACCを変更することなどもってのほか。ならばむしろFCFを弄るほうが楽にすら思える。

安易にWACCをいじれば好きなバリュエーション結果を得られる、という誤った理解から、「キャッシュフローをWACCで割り引いていくだけ」などと発言すると無知を露呈することになるので注意したい。

円キャリートレードとは?

「令和のブラックマンデーの原因は何ですか?」とお客様から質問を受けることがありました。こう答えました「私は円キャリートレードの巻き返しが大きいと思う。日銀がほぼ四半世紀ぶりに金融政策を変更したというのが海外機関投資家にとってインパクトが大きかったと思う」と。そうすると「円キャリーって何ですか?」と聞かれたので私の知る範囲の知識で現在起こっている現象を説明します。

「円キャリー」とは単純に言えば「円を売ってドルを買うこと」です。一般投資家にとっては「FXでドルを買う」くらいの話に使われることが多いと思いますが、機関投資家の円キャリーはもっとダイナミックで経済全体に影響を与えます。

欧米の機関投資家やヘッジファンドは、日本の金融機関(投資銀行、商業銀行)に対して巨大な与信があります。それを使って超低金利で円を資金調達をします。その規模は場合によっては1000億円単位です。その円をそのままドルに換えてアメリカの債券や株を買う、あるいは日本株を買ってその株を担保にDOW先物や日本株ADRを証拠金取引する等のハイリスクなポジションをとることもあるでしょう。

ウォーレン・バフェット=バークシャーは、円安を見越して2019年から円建て社債を1兆円以上発行しています。金利は超低金利ですが、この取引で大量の円を手にしました。これによりアメリカ本国で資金需要に応えることが出来、アメリカの高い金利で資金調達を行う必要性が圧縮されたはずです。既に巨大すぎるキャッシュポジションを持っているのになぜ借金するのか?というと、会計上現金とみなされる銀行預金や短期米国債に換えるだけで5%の金利が付くのです。これを小口化した結果、受け取れるのがFXのスワップ金利ですね。

具体的な取引はさておき、安い円で借金して日本を含む世界各国の金融商品に投資する行為を円キャリーと総称します。結果は世界各国の金融商品に投資するので同じなのですが、ドルから始めると高い金利を払う必要があるのに対して日本円から始めると低金利で済むのです。

この「歪み」に群がった海外機関投資家のポジションが積みあがっていった結果がここ数年の円安です。海外機関投資家が日本の金融機関から借金した円を売ってドルを買ったのです。

しかし、「歪み」は永遠に続くことはありません。日本の金利が上がってしまえば終わるのです。日銀が世界で最も動きが鈍い中央銀行であることは間違いありません。世界各国が利下げを議論している中で周回遅れの利上げを議論しているのですから。なので、海外のように1年で政策金利が3%も4%もあがるなんてあり得ないことは日本人ならわかるのですが、外国人にはそんなこと理解できません。欧米と同じ感覚で「金利はあっという間に上がってしまう」との不安に駆られた海外投資家たちは借金返済のための円を今のうちに確保しようとしました。

円を確保するには証拠金取引の担保に入れている日本株を売らなければなりません。もちろん、証拠金取引をまずは解消しなければなりません。これを一斉に海外投資家が行いました。その結果が令和のブラックマンデーだと考えております。

今後どうなるか?日銀はこのハードランディングな状況を見てしばらくは利上げしないでしょう。同じことをすれば政権を脅かしかねませんので、官邸が許容できないと思います。半年~1年はないと思います。

しかし、政策金利1%を目安に利上げが不可避なのも事実。リスクを認識した海外機関投資家はキャリートレードから徐々に手を引くでしょう。その結果、円安は解消され株も、新しいテーマがなければ今までのような上がり方はしないのではないかもしれません。

「真」の債務上限問題と積極財政に飽きてきたアメリカ人と

友達と「最も懸念している世界経済のトピックは?」というテーマでディスカッションしたのですが、私はアメリカの債務上限問題を挙げました。

「え?大統領選挙じゃなくて?債務上限問題って毎年やってる奴で結局解決しちゃう話では?」と友人に言われたのですが、私が着目しているのは債務上限問題の「質変化」とそれに伴う積極財政に対するアメリカ人の姿勢変化です。

「普通」のアメリカ人の最大の関心事はインフレ退治だと考えるが、これは予想外に長引いている。2024年8月現在、CPIは少し下がってきているがそれは金融市場の参加者の基準であって庶民からすれば生活必需品や家賃は全く下がっていないとの声を在米の友人からは聞く。インフレの原因は間違いなくコロナ前後の給付金だと考える。

アメリカではバイデン政権のもと、一人当たり約35万円のコロナ給付金をほぼ全国民に配った。日本では10万円を約1億2000万人だが、アメリカでは3倍以上の金額を約3倍の人々に配ったことになる。ざっくりした計算で10倍だ。当時の予算が6兆ドルだったが、日本は100兆円なので予算規模での比較では、日本もアメリカとそん色のない財政支出とも見える。

予算全体でみるとどうだろうか、日本のコロナ関連補正予算は77兆円だが、約半額の30兆円を繰り越しているので大半を使い切れていない。一方で2兆ドルといわれるアメリカのコロナ予算が使いきれず繰り越されたという話は聞かない。

脱線したが、とにかく好景気も相まってアメリカのインフレは凄い。政府がインフレをコントロールできる手段は金融を引き締めるか、予算を小さくするかの2択だ。アメリカの金融引き締めはピークに達しており、今は利下げの議論がなされているので、これ以上の引き締めはありえない。だとすれば、アメリカ人有権者の矛先は予算に向かうのではないか?つまり、「バラマキはもういい」と。実際、トランプを遥かに上回る過去最大の積極財政をやったバイデン大統領は全く支持されず大統領選からの撤退に追い込まれた(もちろん高齢問題もあるが)。の有権者の姿勢変化を受けて、大統領選では共和党、民主党ともに財政健全化を公約に掲げている。

債務上限問題の話に戻ると、これまでの債務上限問題は政争の具であり、ねじれた議会でのプロレスが長引いてテクニカルデフォルトを起こすことはあっても、予算自体が成立しないことはなかった。これからもそれはそうだろう。

最大の懸念は、「財政健全化を求める有権者への迎合と債務上限問題を意識した行政府は緊縮的な予算案を作成せざるを得ない」という結果だ。つまり、次の大統領が誰であれアメリカは緊縮財政に入ると思われる。財政政策は金融政策より実体経済に影響を与えやすいと考える。個人や企業、自治体の直接的な財務にインパクトを与えるからだ。

ただでさえアメリカはこれからリセッションに入ると予想されているのにそこに緊縮財政が加われば深刻な不況に陥る可能性が高い。アメリカの不況の影響を最も受けるのは日本である。

FAのバリュエーション、M&A仲介のバリュエーション

私はFAとM&A仲介を両方経験しているが、両者のバリュエーションについての考え方が全く違うのに驚かされた。

何が違うのかというと、FAのバリュエーションは学術的に認められた複数の手法を用いて、案件着手の初期段階で厳密に行うのに対して、M&A仲介は各社独自の手法で純資産を重視したものを実施していることが多い。

特にM&Aセンターが開発したとされる「3か年平均EBITDA(あるいは3か年平均営業利益)×5倍」や「純資産+営業権(営業利益3年分)」等という理論上、どう考えてもメイクセンスしない手法が平気で用いられている。

これだけならギリギリわかるものの、「純資産+営業利益×(3年+業界PERの1/10年)というのを最近見かけて驚いたのだが、これはこれで売り手と買い手の納得感を演出するにはよいかもしれない。

M&A仲介の場合は、オーナー会社同士の需要と供給と仲介プレーヤーの調整で価格が決定するためコーポレートファイナンスの考え方などどうでも良く、わかりやすさと納得感が重要なのだと思う。

余談であるが、M&A仲介の人はバリュエーションのことを”バリエーション”という人が多くてドン引きした。それはvariationだろうと突っ込んだのだが、種類が多いという意味では”バリエーション”というのも間違っていないかもしない(違)

そのほかにもたくさんのパターンを見てきました。仲介手数料をバリュエーションに含める場合、資本金を基準にする場合、なんとなく10億円の場合。そのたびにFAとしての考え方の乖離を感じるものの、適正価格という意味ではあまり乖離を感じたことがない。

やはり、自分のお金がかかっていると売り手も買い手も、プロセスはさておき、自分の実入りは真剣に考えるということだろうか。

競合優位性の大切さ(その事業を私/あなたがする理由)

 仕事柄か、人柄(?)か起業相談を受けることが多くある。その時にシンプルかつ重要な視点は、「そこに競合優位性はありますか?」という問いだ。この競合優位性とは何か。

 「競合優位性」とはかみ砕いていえば、そのエリア・業種・業界で既に存在する同業他社を出し抜くことができる理由、根拠だ。これが明確でない場合は、その道のプロに勝つことができないため、良くてジリ貧、悪くて瞬殺されるため、いかに魅力的な市場であったり、他に参入すべき理由があっても、参入すべきでない、あるいは内部環境・外部環境の変化により、競合優位性が失われたのであれば撤退すべし、というのが私の考えだ。

 単純な考え方だが実際、これらを実践できていないケースは多い。経営者がやりたいから飲食店をはじめる、ゴルフ事業をはじめる。簡単に儲かると思ったからM&A事業に参入する。遊休資産を活用するためにホテル事業をはじめる。。。枚挙にいとまがないが、たいてい失敗している。

 では、どうやって競合優位性を見つければいいのか。そんな方法があれば私のほうが教えてほしいが、一つのヒントはブルーオーシャン戦略だ。「自分の勝てる領域までレベルを下げていく、領域をニッチに定義して参入する。下げきったらその領域をすべて平定する勢いで競合優位性を築いていく。平定したらレベルを上げるのではなく、さらに下のレベルに下がる。武器はプライドの低さだよ」こんなことを言っていた経営者は短期間で上場してしまった。

 小さな領域であっても、競合が少なく自分ひとりの事業を成り立たせるには十分な市場が存在するケースは多々あると思うので、私自身もこのことを忘れずに日々アンテナを張りながら、自分の競合優位性を把握しておきたい。

 

地方自治体における内部統制及び内部統制監査導入の必要性について

 

 地方自治法150条により都道府県と政令指定都市は内部統制の導入が義務付けられている。一方でそれ以外の自治体に関しては努力義務にとどまり、令和4年時点で導入を予定しているのはわずか16市5町村のみである(1,662自治体が導入予定がないと回答)。これはあまりに酷い状況だと言わざるを得ないが、自治体の規模にかかわらず、努力義務を果たそうする自治体が存在することは評価に値するとも言える。なお、私が住む豊橋市は導入していないが、隣接する豊川市は豊橋市より明確に規模が小さいにもかかわらず導入済みである。

 私の考えでは、その組織の目的にかかわらず、どんな組織にも内部統制が必要であり、それに伴う内部統制監査が必要である。特に地方自治体はステークホルダーが多い(市民全員)にもかかわらず、その運営が内向きに閉ざされる傾向があり、オペレーションや意思決定、制度設計に対して牽制機能が効きにくい。そのためこれまで多くの事務ミスや不正により、市民からの信頼が失墜されてきた過去がある。そういった事務ミスや不正を予防し、発見し、是正するために内部統制は非常に優れていることは上場企業に対する金商法監査(内部統制及び内部統制監査の強制)がもたらした上場企業のガバナンス機能向上で実証済みである。

 にもかかわらず、多くの自治体が地方自治法に定められた努力義務を果たさず、内部統制の導入を拒否しているのか。その理由は想像に難くなく、以下三点が考えられる。

 一つ目はリソースの制約、つまり、導入するための専門家がおらず、専門家をアサインする予算も割かれにくいこと。二つ目はその専門家ですらプラクティスが蓄積されていないため導入が手さぐりになっていること、三つ目は行政の人間も市民も内部統制に関して無知なケースが多く、法的拘束力がない以上、積極的に導入する動きが広がらないこと。

 私は三つ目に関して、特に問題意識を感じる。DXが叫ばれる中、いまだにFAXやフロッピーといった時代遅れなテクノロジーを使用し、非効率的なオペレーションがはびこるのは内部統制と内部統制監査からの有用なフィードバックが制度設計や意思決定に活かされてないからではないか。

 内部統制と内部統制監査がないために自治体の現場で何が起こっているかを考えたい。私の結論は行政サービス、市民サービスの遅延、満足度の低下だ。自治体の業務には多くの審査が必要となる。申請書類の審査、入札内容の審査等である。これらの審査がとても遅いのは説明するまでもないが、原因はマンパワーの不足以外に不必要な審査項目や無駄なプロセスが多いからと考えられる。

 申請内容を簡素化し、無駄なプロセス(印鑑ラリー等)要件を満たしているか事務的なチェックだけで審査を通すことができるはずなのだ。しかし、そうなりえないのはまず第一に行政の業務プロセスに第三者の目が入らず、効率化されたり、改善する機会がないからだ。もう一つは監査機能がほぼないため事案をスピーディーに通してしまいミスや不正が行われると取り返しがつかないとの考えから厳密性を担保するために保守的な制度設計にならざるを得ないと判断されるからだ。

 これらは監査手続きで行われる準拠性テストと実証性テストでほとんど全て解決できると考える。監査人からの適切なフィードバックと検証の担保により、市民にとって満足度の高い制度設計が可能となり得る。もちろん、監査の牽制機能により、行政の腐敗や不正の排除が期待できるのは言うまでもない。

 以上が私の地方自治体への内部統制及び内部統制監査の導入の必要性に関する初期的な見解であり、監査機能の拡充として内部統制監査を導入した場合に見込める効果を述べた。

 (文献等)

総務省 – 地方公共団体における内部統制制度に係る調査結果

総務省 – 現行の地方公共団体の監査機能について

「地方公共団体における内部統制・監査に関する研究会」第1回議事概要

地方公共団体における内部統制制度の 導入・実施ガイドライン