FAにとっては最もポピュラーなDCF法だが、MA仲介ではほとんど使われることはない。何十件とある仲介案件の成約実績のうち、買い手から積極的にDCF法を使ったバリュエーションを求められたのはたったの1件だ。
ところで、MA仲介マンに昔言われたのだが「DCFはWACC弄るだけだからアテにならない」ということ。おっと、それは違うのではないか。
WACCの前にDCF法による企業価値の公式を示しておく。
PV=FCF1/(1+R)+FCF2/(1+R)2+FCF3/(1+R)3+・・・+FCFn/(1+R)n
ざっくりいうと、蓋然性のある事業計画で示されたFCF(フリーキャッシュフロー)を所与された割引率で割っていき、それを無限に加算していく。事業計画は無限に示すことができないため、事業計画の最終年度のFCFが永久に続くことを仮定して割り引く。これをターミナルバリュー(TV)という。TVは無限級数の和により、下記の式で求められる。
TV=FCFn/R
TVと最終年度までのPVの和がDCF法によるバリュエーションと定義される。
DCF法による割引率(R)がWACCとなる。
WACCとは、Weighted Average Cost of Capitalのことで加重平均資本コストと日本語では訳される。
WACC=D/(D+E)×rD×(1-T)+E/(D+E)× rE
ざっくりいうと、有利子負債の調達コストと普通株の調達コストを対象会社のバランスシートの構成に応じて加重平均したものである。
負債の調達コストは長期債の利回りや金融機関のプライムレート等により簡単に求められるが、普通株の調達コストは企業によって大きく異なるため、個別に算出しなければならない。CAPMというモデルを使って求める。
CAMPの公式まで言及すると果てしないため省略するが、上場している同業他社の株式に対する期待リターンがそれにあたる。
ここまで長々とDCF法の使い方について解説したのだが、何が言いたいかというとWACCの算定は様々な客観的要素により構成されているため、簡単に弄れるものではない。算定者によってそう大きくぶれるものでもない。
恣意的にWACCを操作したとする。クライアントが内部の会計士やDDファームから受け取ったWACCとの大きな乖離に気が付き、その根拠について説明を求められた場合、FAは窮地に陥ってしまうのだ。一度出したWACCを変更することなどもってのほか。ならばむしろFCFを弄るほうが楽にすら思える。
安易にWACCをいじれば好きなバリュエーション結果を得られる、という誤った理解から、「キャッシュフローをWACCで割り引いていくだけ」などと発言すると無知を露呈することになるので注意したい。